人との「繋がり」

ウズベキスタン拳闘記【岩佐亮佑】その”真っ直ぐ”な瞳から感じたこと

ウズベキスタンに到着したメンバー 人との「繋がり」
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WBA、IBF、世界統一戦

2021年3月27日


私達は敵地ウズベキスタンに乗り込んだ。

”英雄”ムロジョン・アフマダリエフと日本の”侍”岩佐亮佑のWBA、IBF世界統一戦だ。

夜11時に日本を出発し、翌朝6時過ぎに乗り継ぎ地のトルコはイスタンブール空港に到着。

5時間程待機し、ウズベキスタンの首都タシケントを目指した。


イスタンブールからの飛行機の機内にはウズベキスタン人が沢山いた。

ほぼ満席。

マスクをしていない者、ずっと席を立っている者、急に旦那にブチ切れしてる奥さん。

私の隣には英語もロシア語もウズベク語も分からない私に親切にしてくれたジェントルマン。

後ろの席にも、重い荷物を荷物入れに上手く入れられない私をすぐに手伝ってくれたジェントルマンがまた1人。

着陸時は機内の者、全員で拍手が起こる。(帰りの便でも同じ光景を見た)イスタンブールから6時間程で到着。

タシケント国際空港に着いて早々驚かされた。

飛行機を降りると私達4人(岩佐さん、セレスジム会長、よしなり鍼灸接骨院の院長、吉田先生、私)は、他の乗客とは別の車に案内された。そこから車で数十秒ほどで到着。





VIPルームだ。

そんなに広い部屋ではないが、美女が花束を抱えて待っていた。


これがいわゆるVIP待遇というやつか。

荷物もここに届けられた。

空港の外に出るとボクシング一色。


ムロジョン・アフマダリエフvs岩佐亮佑の大きなパネルが飾られていた。

さらに現地の記者が10人以上待ち構えていた。


インタビューを終えてホテルに向かう。

着いたのはヒルトンホテル。

日本にもある最高級ホテル。

3日の興行に出場する選手やスタッフ、私もこのホテルに7泊させてもらった。


ホテルの周りだけ他の地にやってきたようなぐらい綺麗だ。

警備員が立っていて敷地に入ることも許されない。


ホテルにはトレーニングジムや室内プール、サウナやバー、全てが完備されていた。


ホテルから出る事はほぼ無い。

買い出しを頼まれた時に徒歩10分程のスーパーマーケットのようなところに行くだけ。

私はジムとプールを往復し、午後には岩佐先輩の練習に付き合う。


練習はホテルの部屋で行われた。

暖房を付けて部屋を暖かくし、シャワーを出して湿度を調整する。

減量の為だ。


3月31日はタシケントにある日本人墓地に。

ここでの歴史について気になる方は自分で調べて欲しい。

墓前には一礼をして両手を拝む侍の姿があった。

侍の振る舞いや精神は私には分からないけど、そこには日本の誇りと魂を持った日本人がいた。

4月1日、記者会見


ホテルにある広めの場所に舞台、照明、選手のパネルがセッティングされている。

海外での世界戦という雰囲気がバシバシと伝わってくる。

4月2日、同じ場所で公開計量


両者無事にクリア。

フェイスオフでは両者が顔を突き合わせる。

2人の視線は一切揺らがない。


………………15秒間。

何を感じたかは2人にしか分からない。


世界戦のこの場の盛り上がりや雰囲気を含めて、間近で見学出来たのは良かった。

壇場から見る景色や上での雰囲気を感じることが出来た。


岩佐先輩はこのウズベキスタンに着いてからずっと写真撮影をお願いされていた。

現地の人やボクシング関係者の方たち。

それらの全てに笑顔で対応していた。

マスクを外してくれと言われればすぐに対応していた。

肩を組んでくる者も沢山いた。

この時期ならではの悩みだ。

英雄の対戦相手、としてウズベキスタンの方達からはリスペクトの念が込められていた。

4月3日、世界統一戦


ウズベキスタン首都タシケントのHUMOアリーナで行われた。(12000人キャパ)


ホテルの上階から見えるぐらいで車では5分ほどで到着。

すでに興行が始まっていた。

会場はこのコロナ禍が嘘のような満員。

マスクをしていない者もいる。

控室に入ってからも岩佐先輩の雰囲気は普段と変わらない。

表情や仕草に変化が出ない。

吉田先生(よしなり鍼灸接骨院、院長)と笑顔で話す様子も見れた。

緊張していたのは私の方だ。


あっという間に時間は経ちメインイベントのWBA、IBF世界スーパーバンタム級世界タイトルマッチが始まろうとしていた。


私はこのタイトルマッチのセコンドに入った。

インターバル中にマウスピースを洗って水分補給をする役目だ。

アドバイスをしたりすることはない。

入場時にはベルトを掲げた。

一つでも経験にしようと、リングにもベルトを持って上がらせて頂いた。

観客席を見渡す。

………これが世界戦のリング。

それも”アウェイ”だ。


凄い経験をさせて貰っていると思ったりしているといよいよ試合開始だ。

「仁!」

岩佐先輩だ。

いよいよ、試合開始のゴングが鳴ろうとしていた直前だったから一瞬驚いて反応が遅れた。

「良いもん見せてやる」

「‥はい!!」

その目は、

”真っ直ぐ”私に向けられていた。





試合の結果は皆さんのご存知の通りだ。

日本でも色んな方や現役選手まで「早すぎるレフェリーストップ」に物議を醸していた。

チームの一員として、言いたいことはある。

だけど試合が終わってからも岩佐先輩は変わらない。

変わらず写真撮影に応えていた。

…私には真似出来ないと思った。

そんな姿を見たからか、口をつぐもうと思った。





リングには当然二人が上がる。

もう一人はどうだろうか。

26歳の統一王者は終始、紳士な姿に思えた。

計量時の体からは凄みすら感じた。

同じジムの最強の先輩である岩佐先輩が敗れた悔しさと、先輩がコーナーに戻るなり、

「良いもん見せられなくてごめんな」と。

涙が止まらなかった。

リングの中、勝利宣言を受けた王者が相手セコンドである私たちのコーナーに挨拶にきた。

泣いてる私に一言二言、言葉を発していた。

何を言っているか分からなかったが、

私には分かる。

リスペクトの言葉だった。”真っ直ぐ”な目だったから。

それからだろうか、紳士に思えた王者は”戦士”という表現がしっくりくるようになっていた。

地元ウズベキスタンでのTKO勝利、王者と言えど私と同じ26歳には様々なプレッシャーがあったはずだ。

しかし、これがオリンピック銅メダル、8戦目で統一世界王者になった男か。

泣いてるとはいえ、相手選手のセコンドの一人である私に対する目、だっただろうか。

私には”まだ”出来ない目だった。








ウズベキスタンのリングで私は二人の偉大なボクサーから勉強させて貰った。

改めて自分の目指す場所の確認、目的地を修正した。

ぼんやりと目指していた世界では無い。

これが”世界”だ。

とんでもない所を目指しています。